■偉大な選手名鑑
古今東西の偉大なニュースをご紹介します。
■偉大な選手~男性編~
日本のテニスプレイヤーとして有名な選手が「国枝慎吾さん」。彼は、プロの車いすテニスプレイヤーです。パラリンピックで2個の金メダルと1つの銅メダルを獲得しています。東京都出身の千葉県在住の国枝さんは、小学4年生の時に脊髄腫瘍による下半身麻痺のために、車椅子の生活を余儀なくされます。小学校6年生の時お母さんの勧めもあって、車いすでテニスをするようになります。高校一年生で初めての海外遠征をおこない、大学進学後はワールドチームカップにも出場し日本チームを初優勝へと導きます。その後も数々の試合で優勝を続け、2004年のアテネパラリンピックのダブルスで金メダル。2007年には、史上初となる大会制覇のグランドスラムを達成。2008年の北京パラリンピックでもシングルスで金メダル、ダブルスで銅メダルを獲得しました。2009年4月には日本人車いすテニスプレイヤーとして初めてのプロへの転向を宣言しています。今後の活躍がとても楽しみな選手です。
■偉大な選手~女性編~
近代オリンピックで女性の参加が初めて許可された1900年にアメリカの代表としてテニス競技に参加したのが『マリオン・ジョーンズ・ファーカー』なのです。1900年に行われたパリ五輪でテニス競技に参加した女性選手はたったの6人だったそうです。このオリンピックにジョーンズは妹のマリオンと共に挑みました。それ以外にもジョーンズはアメリカ人選手として初めて海外遠征をおこなった選手としても有名です。このころの女子テニス競技は「最大で5セット・マッチ」。今の男子の公式戦と同じセット数を戦い抜いていました。その後、女性で5セット・マッチはキツイのではないかという話し合いがもたれ、現在の形である「最大3セット・マッチ」という形にルールが改正されました。ルールが改正された後も、数々の試合に参加したジョーンズは、1903年にムーアという選手に敗れると引退を決意しロバート・デビッド・ファーカーと結婚します。現役時代海外遠征を開拓したジョーンズはその約60年後にカルフォルニア州で85年の生涯を終えました。